« ラジオ・チャートと株式市場 | メイン | 「法」への幻想 (3) »

かくして、アメリカの平和は守られた

(3/11 追記あり) 

Dubai Company to Transfer U.S. Ports to American Company (New York Times)

DP World, the United Arab Emirates state-owned company that had agreed to buy several port terminals in the United States, said today that it will transfer those properties to an American-owned company, bowing to a political groundswell against the acquisition.
The decision came just hours after a delegation of Republican leaders in Congress told President Bush in an Oval Office meeting that Congress would act within days to block the company's acquisition of the United States port terminals in the name of national security, lawmakers present said.

ここしばらく話題になっていた、アラブ系企業(DP)による米国の港湾運営会社の買収は、結局DPが買収をあきらめることで落ち着いたようです。

DP側としても、これ以上こじれるのは得策でないと判断したようです。
が、この問題が起きた当初、私は、正直、まさかこんなことが起きるとは思っていませんでした。


M&Aに安全保障的な要素が入ることはやむを得ない話ですし、かつて「M&Aと安全保障」というエントリーで書いたように、アメリカには、そのためにExon-Florio法というセーフガードがあるわけです。

ところが、今回の事案では、既にこのExon-Florio法の手続を経て、安全保障上の問題はないというクリアランスが1月に出ていたようです。従って、法的にみれば、既になされるべきプロセスは、ちゃんと踏まれているわけであって、まさか一部の政治家の圧力で、そうしたプロセスを反古にするようなことが可能だとは思っていなかったわけです。

Panel Saw No Security Issue in Port Contract, Officials Say (New York Times)

The Bush administration decided last month that a deal to hand over operations at major American ports to a government-owned company in Dubai did not involve national security and so did not require a more lengthy review, administration officials said Wednesday.The decision was made by an interagency committee led by Deputy Treasury Secretary Robert M. Kimmitt. The group included officials from 12 departments and agencies, including the Departments of Defense, Justice, State and Homeland Security, as well as the National Security Council and the National Economic Council.

にも関わらず、議会の要求により問題が蒸し返され、一度は本調査には行かないという決定が出ていたにもかかわらず、Exon-Florio法上の45日間の調査を受け入れると表明し、安全保障上の問題に対する再調査が開始されたのですが、議会は、その45日間の調査結果を待たずにディールを止めるべきだと主張し、昨日(8日)圧倒的多数での決議がなされました。この間、また常套手段ですが、議会に大統領の判断を覆す拒否権を与える法案の提出なども、ちらつかせられたようです。

おそらく、DPにその気があれば、適正手続きの問題として争うことも可能だったと思いますが、経営判断として考えれば、政権とそこまでの深刻なコンフリクトを抱えて安定的な運営を行うことは難しいのでしょうから、DPの判断自体は合理的です。

アメリカ自身が定めた法的な手続を無視して、政治的な動機だけで外国資本の活動を制限できるという体制が、アメリカの標榜する自由主義であり、安全ということで・・・こうして適正なプロセスを無視した力の上でアメリカの平和は成り立っている・・・その意味で、アメリカの法治主義に多少の信頼を置いていた私の甘さを思い知らされたということで、ここに記しておきます。

(追記)

この問題については、go2cさんが詳しい情報を提供していらっしゃいます。

関連記事 

Posted by 47th : | 08:37 PM

このエントリーのトラックバックURL:
http://WWW.ny47th.COM/mt/mt-tb.cgi/315

このリストは、次のエントリーを参照しています: かくして、アメリカの平和は守られた:

» まだ解決したわけではなさそうです ("Port Deal" その3) from 一寸の虫に五寸釘
米港湾管理進出、UAE企業が撤退 米議会の猛反発で (2006年 3月10日 (金) 13:03 朝日新聞) アラブ首長国連邦(UAE)の国営企業「... [続きを読む]

トラックバック時刻: March 12, 2006 07:55 AM

コメント

この件についての新聞の論調はどうなのでしょう?

Posted by taka-mojito : March 10, 2006 12:30 AM

以前の中国企業によるMaytag買収の件もありましたから、こういう結果に驚きはなかったのですが、やはり弁護士をされている方としては強く気になるものなんでしょうか?
この件に関して個人的には、ブッシュは共和党内でも求心力を失っているんだなと思っただけだったので、このエントリーを読んで、ああ、そういえば確かにそうだと気づかされました。

Posted by stock&flow : March 10, 2006 12:34 PM

>taka-mojitoさん
私の情報源は主としてNYTなので、その意味で偏っている可能性が高いのですが、本気でDPによる買収が安全保障に危険を及ぼすと考えているというよりも(むしろ、DPはヨーロッパの港湾運航で実績があることや、資本関係の変更が検疫体制に影響を及ぼす可能性は低いことなどが報道されていましたし)、政権と議会のパワーゲームという見方が強かったように感じます。
参考になりそうな記事も追加でリンクを貼っておきました。
>stock&flowさん
昨年のIBMのPC事業、Maytag、Unocalの話の時の際のセーフガードは、あくまでExon-Florioという「現にある」ルールの適用における話だったのですが、今回は、そうした手続を飛び越して議会がダイレクトに圧力をかけてきたという意味で、法律家から見ると、ショックが大きかったわけです。
端的にいえば、今あるルールをきちんと満たしても、多数が気にいらないと言えば排除できてしまうというのは、法治国家としてどうなんでしょう?というものです。
・・・もっとも、アメリカからすると、日本に言われたくないと言うのかも知れませんが・・・

Posted by 47th : March 10, 2006 03:02 PM

こんにちは。細かいお話のようですがこういう細部に神は宿るので、47thさんには看過されなかったということですね。

横レスになり恐縮ですが、今の欧州にしても日本にしても、

>アメリカからすると、日本に言われたくない

という反論を恐れすぎているというのが私見です。何もそれぞれの国が全てアメリカのような国になる必要は全くない。確かに日本は他国に比べれば単一民族国家といっていい同質性をもっているけれど、「望ましくない閉鎖性」では全くないからです。それに「世界の警察」はボランティアでなされているわけではなくちゃんとそれなりの利益を得ているのであり、国際基軸・・・

くどいのでこの辺で(笑)。

Posted by bun : March 10, 2006 07:47 PM

>bunさん
一方のアメリカにはお互い様なんていう感覚は全くなく、もし「市場開放、市場開放、と仰いますが、アメリカさんもなかなかやりますよねぇ」とでも言おうものなら「内政干渉だ。懲罰関税だ」と騒ぎだしかねない勢いですし、気を遣っても、全くありがたがられなさそうですしねぇ。
今回の一件でも、日本以上の島国ぶりを見せつけてくれたような気がします。
今回だけは、ブッシュが一瞬常識人に見えたんですが、結局、石油が欲しいだけという本音を隠せないところで、「やっぱり・・・」と。

Posted by 47th : March 11, 2006 01:22 AM

アメリカの場合、ある一線を越えるとヒステリックになるような気がします。私は、一昔前の日本叩きの時の、東芝製のラジカセをハンマーで叩き壊すパフォーマンスを思い出しました。国益(狭い意味の)に関することになると、日頃のお題目などほったらかしで、協調性はないようですね。バード修正条項のようなローカルルールを作ったり、逆に特許法のようなローカルルール満載のものは「グローバルスタンダード」に合わせるように修正しなかったり(米国特許庁は頑張っているようなのですが、議会で骨抜きにされるパターンが続いています。今回も多分・・・)、国内的にはフェアなのでしょうが、国際的には疑問です。
国境を越えた経済活動が活発になればなるほど、このような態度は自らの首を絞めるように思います。長い目で見れば自国の産業をスポイルするだけのような気がします。

Posted by taghit : March 11, 2006 06:40 AM

TBありがとうございます。
日本も中国もそうですが、どこの国にも冷静な議論を問答無用で排除してしまう「印籠」のような言葉があって、それがアメリカでは"National Security"なんですね。

結局現状の港湾管理自体が安全か、とか、イギリスはよくてドバイはいけないのはなぜか(二番札のシンガポール企業だったらどうするのか)、という議論は棚上げになっているあたりは、わが国での議論を見るようでもあります。

Posted by go2c : March 12, 2006 08:48 AM

>taghitさん、go2cさん
New Yorkにいると余り感じないのですが、多くのアメリカ人にとっては、アメリカ以外は信用できないという極めて強いナショナリズムが存在するんでしょうね。
外交で見せる知識人の国際性と、こうしたアメリカに関連する問題についての、恐ろしいまでの視野狭窄の二重構造を十分意識して付き合っていかないといけないということなんですよね、きっと。

Posted by 47th : March 12, 2006 01:16 PM

コメントしてください




保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)

 
法律・経済・時事ネタに関する「思いつき」を書き留めたものです。
このブログをご覧になる際の注意点や管理人の氏素性はこちらにありますので、初めての方はご一読を。