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審判の資質

勝つには勝ったけど、何かすっきりしない>イタリア-オーストラリア

前回も疑惑の判定は色々とあったんですが、それにも増して今大会は審判のせいで面白さが削がれてしまう試合が目につきます。
誤審そのものは、これだけスピードのある現代サッカーで、しかも出ている選手はファールをする方もされる方も(?)その道の達人ばかりなので、後でビデオで見て「やられたぁ」というのはあると思いますし、それも含めて試合の流れとか運のうちだとは思うんですが、見ている方のストレスが溜まるのが、今大会のカードの出し方。

もちろん、悪質なファールには厳しい態度で臨まないといけませんが、退場を含めたカードによる処分という権限が審判に与えられているのは、あくまで試合をコントロールする、あるいは、サッカーの本来の面白さを損なわないようにする、ためのはずですよね。

それが、審判がちゃんと見えていないところで、何かあって派手な転倒があればイエロー・レッドじゃ、みんなごろごろ転がり出すし、カードをもらった方も納得できないので審判への不信感は募るし、そのたびごとにプレイは中断するので選手のストレスも溜まるし、で、ストレスからプレーが荒くなって、またイエロー・レッド・・・で、4年に一度しかない貴重な試合が凡戦になってしまう、と。

世界の超一流どころのプレイヤーが集結する試合をコントロールするためには、どうやって選手からの信頼を得るかが重要なはずですが。。。その手段をイエロー・レッドに頼ってしまっているところがあるような気がします。
もちろん、ほとんどの場合、審判と選手は初顔合わせでお互いに信頼もへったくれもないでしょうし、世界のトップクラスの自信家どもを相手にしなきゃいけないという面で一筋縄でいかないことも事実ですが、世界のトップクラスで活躍し国の威信を背負ってピッチに立っている22人を、イエロー・レッドという「鞭」だけで威嚇して言うことをきかせようとするのも、土台無理な話です。

一瞬は大人しくなるかも知れませんが、審判が技術や自身のなさを「鞭」で補おうとしているだけだと見抜かれた瞬間に、審判に対するリスペクトはふっとび、コントロールどころの騒ぎではなく、サッカーの醍醐味はどこかに行ってしまいます。

理想論かも知れませんが、選手から審判に対する本当のリスペクトというのは、審判から選手に対する、あるいは、選手にとってその一試合が持っている「重み」に対するリスペクトがあって成り立つんではないでしょうか。
WCに出てくる選手で(ごく一部の例外を除いて(笑))、好きこのんでイエロー・レッドをもらいたがったり、相手の選手生命を壊したがっていたり、試合を凡戦にしたいと思っている連中はいないし、当たる方も当たられる方も、それぞれに高い技術を持っているわけです。
気をつけなくてはいけないのは、試合が進むにつれ、疲れ・ストレスから試合が荒れていくことであって、そうした場合にはプレイを止めたり、「頭を冷やさせるため」にカードが必要でしょうが、審判がカードを濫発して選手のストレス・メーターをあげるのは逆効果です。

・・・と、これはサッカーの話ですが、審判の資質という意味では、証券市場における審判に対するプレイヤーの信頼についても同じようなことを感じるところがあります。


このブログの読者ならもうチェック済みかも知れませんが、インサイダー規制について磯崎さんが オフサイドにたとえて凄まじく読み応えのある議論を展開されています。 まだ未読の方は、是非腰を落ち着けて読んでいただきたいのですが、磯崎さんが仰るように、インサイダー規制の根拠や範囲については理論的には極めて難しい問題を多くはらんでいます。おそらく、多くの方は「へぇ」と驚かれるかも知れませんが、アメリカではインサイダー規制には「功」の面があることは、法学部 レベルの会社法の授業で教えられますし(もっとも、あくまで「さわり」だけですが)、アメリカの証券市場の番人であるSECは、こうした議論にもちろん精通しています。

彼らは、市場プレイヤーが利己的な動機から行動する市場原理と、そこにおける情報生成作用の価値を認めつつ、そこに一定の線引きを行おうとしていま すし、市場プレイヤーの側もSECの行動原理が単純な勧善懲悪ではなく、市場における微妙なバランスの確保にあることを知っています。

なので、時にSOX404に対するように市場プレイヤーの側から厳しい批判がなされることはありつつも、市場プレイヤーたちもSECに対するリスペ クトを欠かさないわけです。(逆に、大衆受けのためにウォール街の金融機関をねらい打ちするネタばかり探している、エリオット・スピッツァー(現NY州司 法長官)に対しては、市場プレイヤーたちは辟易しているような印象を受けるんですが、これは私の思い込みですかね?(ちなみにスピッツァーはNY州知事に 立候補中(予定?))

翻って、日本の場合は、どうでしょう?
そもそも「審判」は誰なんでしょう?検察?証券取引等監視委員会?金融庁?
また、彼らは、どこまで証券市場の規律の難しさやプレイヤーの実際の活動を知っているんでしょう?
H.Yamaguchiさんが「つまみ食い禁止」というエントリーで紹介されているように、現行の立会外取引のシステムの下で行われるブロック・トレードと証取法159条が問題視している仮装売買を同視する理解をしているとすれば、そうした審判の下で市場プレイヤーはどうすればいいのでしょう?
何よりも、この審判は市場プレイヤーとその活動の意義を本当に理解して、リスペクトしてくれているのでしょうか?

証券市場のプレイヤーは猫や犬、あるいは、分別の分からない子供ではありません。
90分間という限られた時間ですら、「鞭」で試合をコントロールすることは難しいのに、ましてや時間制限のない証券市場で「鞭」を振り回して威嚇してみても、審判に対するリスペクトは生み出されないし、ピッチは荒れ、本来の試合の醍醐味は失われていく・・・

と、昨日今日の試合を見ながら、何かいやーな気分になったりしたわけです。

Posted by 47th : | 15:25 | Sports

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今月9日の「インサイダー取引はなぜ犯罪なのか」という記事には、たくさんのリンクやTBがついて、ブログでも話題になったようだが、意外に理解されていないのは、... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2006年06月28日 04:21

コメント

こんにちは。

>大衆受けのためにウォール街の金融機関をねらい打ちするネタばかり探している、エリオット・スピッツァー

失礼ながら氏については、「口臭のきつそうな垢抜けないおっさん」(笑)という印象です。ご指摘の通り、御身の出世を大切にやっておられる方だと思います。

今年の3月中旬に、エリオット・スピッツァー氏、BBCワールドの"Hard Talk"に出演していたのですが、インタビュアーができた方でして、そのあたりの庶民ぶりっこ(自分のサイトに庶民の味方だとぬけぬけと自筆してますものね)を厳しくつかれていて(これだけの資産と学歴があって庶民ですか、云々)、さもありなんと思いました。「彼は投資家だから」という物言いと守秘義務で済ませる感じで、論理的、あるいは公明正大であろうとしている人ではないと思いました。うーん。彼がいずれ大統領なのかなあ。

Posted by bun : 2006年06月26日 20:20

>bunさん

>「口臭のきつそうな垢抜けないおっさん」

同感です。やっていること自体はジュリアーニと似ているんですが、どうもあざとさが目につくんですよね。

Posted by 47th : 2006年06月26日 22:23

サッカーの話ですが・・・(笑)

最高の審判というのは、試合が終わった時に、「あれ?この試合、審判いたっけ?」と思えるくらい、うまく試合をコントロールしてみせた人だと思いますね。

カードを出せば出すほど、それは審判のコントロール能力の無さを自ら示してしまっているのだと感じてしまいます。

Posted by fantasticmomonga : 2006年06月26日 23:13

>fantasticmomongaさん
そうですよね。
FIFAは審判の評価もやっているようですが、この辺りはどういう形で評価されるんでしょうね?

Posted by 47th : 2006年06月28日 08:43

日本とアメリカの証券市場を見比べると、むしろ審判がカードをたくさん出しているのはアメリカと思うのですが・・・

私見ですが、やはり日本は(いまだ)インサイダー天国であって、個人が資産を株式で持つ比率が(いまだ)低いのも、そこに原因の大きなひとつがあるんじゃないかと思います。
「株なんて一般庶民がやったって損するようにできている」みたいなことをいう人は、私のまわりにもかなり多いです。(しかも、あながち外れてもいないと思う(苦笑))

Posted by Apricot : 2006年06月28日 10:27

大学の公開講座があったので、行ってきたのですが、そこで講義を聴いた所
ちょうど「インサイダー」「市場の審判」に関して考えさせられる内容でしたので
素人の生兵法を承知の上で、私なりにお書きしてみます...

@内容は、早大上村達男教授の公開講座「村上ファンド問題とは何か」
@でお伺いしたご意見を、ほぼそのまま元ネタにしてますが、
@私自身、法学部卒でなく条文も分からない状況で、聴講した次第で
@先生の主張を曲解or誤解している可能性も高いですので...
@あくまで「私なりに理解した範囲での内容」という前提で、お読み下さいm(__)m

●趣旨
「インサイダーは村上ファンド事件の核心ではない(本丸がぼけている)」
「問題は、日本の証券市場にはリアルタイムに裁ける"審判"がいない状況である事」

●詳細
①村上ファンド・ライブドア共に、本丸は"市場操作・偽計取引"。
・ライブドアは「株式分割の悪用」
 (他者が売れない状況を作り、自分達だけ投資組合経由で売った事が市場操縦)
・村上ファンドの日本放送株への関与は、全体の構図として偽計取引。
(意図的な「上げ」操作と「下げ」操作を活用した~話を持ちかけていたら偽計取引)
⇒これら取引は、全体として偽計取引として捉えるべき。
 悪質度も、ともに他の一般投資家に対して甚だしい不利益を招くもので許されない。

②問題は、日本では検察・司法が動かざるを得なかった状況。
・日本には米国のSECのような「証券市場のリアルタイム規制組織」がない。
 本来は、公取や証券監視委等の独立機関がすべきなのだが、
 日本では「検察」が出るしかない状況だった。
⇒つまり「証券市場のリアルタイム規制組織」が、健全な証券市場の上で必要。

③検察が動く場合「100%の確実性」を求めるため、立証しやすい所で起訴してしまう
 そのため、「インサイダー」「有価証券虚偽記載」等の、
 昔からよくある罪名になってしまった。
 (SECは被告にもなりうるが、検察には自分達に間違いは許されないとの意識がある)
⇒このため、村上ファンドの行為についての、本質がぼやけてしまい
 「万引きのようなありふれた行為に死刑判決を出したようなものだ」
 との主張まで出る状況になってしまった。

(以上です)

○参考URL(該当講座の紹介・PDF)
早稲田大法学部公開講座「激変する企業社会と法」
www.waseda.jp/hougakubu/HP-to-students/main/yokokawa2006.pdf

Posted by vabo : 2006年06月28日 13:12

続けざまですが、「サッカーの審判」についても一言。

以前テレビの特集での、『審判には2種類いる』との分類が、印象に残っています
(確かドキュメンタリーでしたが、タイトルはおろか、どの局かも覚えてません...)

A)選手と一緒の目線で、共に試合を作っていこうと考えるタイプ(調整役)
B)選手より上の立場から見下ろして裁こうと、偉そうに振舞う人(神?)

B)のタイプの人は、選手に対して信頼関係が築かれずに衝突しやすいように思います。
 威圧的だと、表面上は従うものの、信頼関係ない分抜け駆けしようと狙われがちで、
 また見逃されたら、「えばっているならちゃんと見ろよ!」となり荒れやすいような。
(海外では、教授や医師を本職にしている人が、選手経験なしに審判になる事も多いそうで
 そうしたケースでは、階級的偏見から「選手=低俗な奴」と偏見を持ち見下だすタイプの人が
 多い傾向もあるみたいです..)

私としては、人は万能でないし、更にサッカーの審判は1人で裁く上でも限界があるので、
A)の「選手と一緒に試合を作ろうとする」タイプの人が理想と思いますが・・・
これは、バランス感と、選手からの信頼構築が大変そうで、求められるスキルは高そうです。
(威厳低くてナメられ易く、「こいつはファールしてもOK」となると無法状態になりますので)

この点、2002決勝を吹いたイタリアのコリーナさんは、選手と共に試合をつくる方針の方で
また選手からも信頼の厚く愛されるという「Aタイプの理想」だったと思い、懐かしいです。
(実は、あのギョロ目が、わりとキーファクターだったのでしょうか?
 ~「私は見逃さないよ」と言う視覚的アピールと、愛嬌を兼ね備えていて・・)

P.S.
コリーナさんは、たしか最後は伊レフェリー協会と衝突して引退したと記憶してますが...
今の状況を考えると、それも彼が潔癖だった証かもしれませんね~残念ながら。

Posted by vabo : 2006年06月28日 13:59

>Apricotさん
訴訟の多さという面ではそうかも知れませんが、アメリカでは証券犯罪に対するアクションの中心はSECによる民事訴訟とクラス・アクションですし、手続的にも対象者の協力の下で客観的な証拠が集められ、十分な調査検討がなされるので、日本のように、特捜が乗り込んでいきなりレッドカード同然の身柄拘束と一見書類の差押えというのとは、大分状況が違うんですよね。
もっとも、そうやって対象者の権利に配慮してソフト・ランディングを認めている分、証拠隠滅行為には大変厳しくなっています。(アーサーアンダーセン破綻の直接の引き金も、エンロンに加担したことそのものではなく、証拠隠滅行為でしたよね)
>Vaboさん
上村先生の公開講義ですか。さぞかし、聞き応えがあったんではないでしょうか。
上村先生の抱いている現在の日本の公開会社や証券市場のあり方への不満は分かるような気がするのですが、その処方箋として、抽象的な証券規定をベースとした刑事罰という方向性には同意できないものも感じます。
コリーナさんは、確かミランかユーヴェの親会社(関連会社?)とスポンサー契約があるとかないとかいう話があったんじゃありませんでしたっけ?
何れにせよ、勿体ない話です。

Posted by 47th : 2006年07月01日 21:28

ありがとうございます。「審判はなるべくカードを出さないほうがよい」みたいな話にちょっと感じてしまったので、ステレオタイプ的なものをぶつけてしまいました。
そうですね。審判にも、FK、イエロー、レッドといろいろなファウルに対する罰則の権限があって、それをうまく使い分けて、ゲームをコントロールするのと同様に、
市場に対する「ファウル」に対しても、市場の機能をなるべく損なわずに規律を保つには、どのような手段(民事・行政・刑事など)をどのように適用するのがよいか・・・みたいな議論がもっとされるといいですね。
(個人的思いでは、日本の証券市場全体では、レッドは減らして、イエローや、FKのみのファウルはもっと取るべきなのかなと思います。)

余談ですが、少年サッカーには(多分日本だけですが)、日本サッカー協会公認のグリーンカードという「褒める」ためのカードがあります。
http://www.jfa.or.jp/jfa/law/pdf/law_others_01.pdf
(子ども扱いするなと怒られるかもしれませんが)このような制度設計も有効かもしれませんね。

Posted by Apricot : 2006年07月02日 11:58

>個人的思いでは、日本の証券市場全体では、レッドは減らして、イエローや、FKのみのファウルはもっと取るべきなのかなと思います。

私もそう思いますし、個人としての責任と法人としての責任のあり方は区別されるべきだと思います。

グリーンカードはいいかも知れませんね^^
不祥事を起こしても、その後の対応がよかったり、社内コンプライアンス体制ができていれば、法人に対する量刑を軽くするというアメリカの量刑ガイドラインの考え方はそれに近いかも知れませんね。

Posted by 47th : 2006年07月04日 20:45

審判としての立場から言うと、グリーンカードというのはとても使いづらいです。「何をしてはいけないか」だけでなく「何をすべきか」まで審判がコントロールしなければならないのでしょうか?確かによいことを褒めるのはいいことなのでしょうが、レフェリーという権力者がやるべきことではないように思います。
まあ、一般社会の中でも「飴を与える」ということはいいことだと思うのですが、行き過ぎると「禁じられてないことは許されている社会」から「許されていないことは禁じられている社会」になってしまって怖いように思います。心配しすぎですかね?
ちなみに、グリーンカードを何枚もらっても、イエローの効果が消えたりとか、そういうことは一切ありません。その意味ではあまりインセンティブにはならないかもしれない(笑)

Posted by くぼ : 2006年07月06日 07:17

>くぼさん
そうですね。
「よいこと」って、何かという定義も問題ですよね。
サッカーでは、マリーシアというのもありますし、正面から褒めることはできないとしても、トップレベルでは、それも必要なことで、そういう意味ではグリーン・カードにも危険さはありますよね。
特に、最近は李下に冠を正さずがブームになりすぎているようですし(笑)

Posted by 47th : 2006年07月06日 11:48

 
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